8 beat Story♪は最後の二次元アイドルとなるかもしれない

 

 今、とにかく『8 beat Story♪』のメインストーリーが凄くいいということを伝えたいのです。
 そのためにこれを書いています。


 そう、知らない人のためにも簡単に説明すると『8 beat Story♪(略称:エビスト)』とは今流行りの二次元アイドル系音楽アプリゲームの一つのことなのですが、そのゲームのメインストーリーが今、物凄く内容が面白いし、また作品の世界観なんかも面白いことになってきているんですよ。

 

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                     これが8 beat Story♪だ!


 似たようなアプリゲームやコンテンツが氾濫していると言っていい現在のこのジャンルにおいて、まさしく頭一つ抜けた独自性というか特異性のようなものを発揮しだしているのです。
 今回はそれをどうにか簡潔にまとめて、皆様にプレゼンテーションさせていただきたい。
 エビストが一体他の二次元アイドルアプリやコンテンツと何が違うのか? 何が違ってきているのか?
 それがどういう独自性を持っていて、一体どうして面白いのか?
 そして、どうしてこんな衝撃的な記事のタイトルをつけてしまったのか? 最後の二次元アイドルとは一体どういうことなのか?
 以下からはそんなことを、自分が今エビストに対して感じている驚きを分かり易く形にして残しておく目的も兼ねて、つらつらと書き連ねていきたいと思います。
 そしてそれを読んでいただくことで、少しでもこのアプリゲームとコンテンツに興味を抱き、手に取って、その只今絶好調に達しつつあるストーリーをも読んでいただけたならば幸いです。
 また今回どうしてもそのストーリーの他と比べた時の特異性のようなものを説明するために軽く本筋のネタバレを行ってしまう部分が存在してしまうのですが、あらかじめ御了承ください。
 むしろ、まだエビストを知らない方々にはそれを読んで一体どういうストーリーなのかの概略をまず知っていただき、そんなネタバレ程度では伝えきれないほどの魅力を持った実際のシナリオを読む気にもなっていただけるように出来るだけ努力していきたいと思います。

 

 

 

 

初期のシナリオの微妙具合が凄い

 まずは最初に、まだこの作品をよく知らない人のためにもエビストが一体どういうお話なのかということを軽く振り返っていきましょう。
 とはいえ実はこの作品、ゲームがリリースされた最初期から今これを書いているような衝動が湧き起こるほどにストーリーが面白かったわけでは全くありません。
 むしろ、どちらかと言うとストーリー的には全然駄目な部類の作品でした。
 そして、そんな残念な雰囲気が漂いまくっていた初期ストーリーがそこからゆっくりと、結構な時間をかけて改善を繰り返してきて、ようやく花開いたのが今この時だったりするのです。
 それが制作側と追いかけるプレイヤー両者にとってどれほどの苦難と感動に満ちた道のりであったかを知ってもらうためにも、あらすじと同時に初期のストーリーの問題点をも振り返っていきたいと思います。

 

 さて、エビストの簡単なあらすじですが、物凄く簡潔に要素だけを抜き出してまとめてしまえば、

 

「今から少しだけ未来の話」
「高度に進化したバーチャル空間でのライブ配信がアイドル活動主流の時代」
「人間によって開発された人工知能『MOTHER』と、その『MOTHER』の開発した『アンドロイド(バーチャル空間上だけに存在する人工知能の子機)』が人間のアイドルに取って代わってアイドルとなり、音楽を支配しつつある状況」
「人間側はわずかに残されたアイドル達がアンドロイドに反抗し続けているが、ジリ貧の状況」
「そんな人間側のアイドルグループの一つ、音ノ杜学園に集められた8人の女の子達によるユニットが主人公の物語」

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                     SF×アイドル! 斬新…!?

 

 ……となるのですが。
 あれ? これだけ読むと結構面白そうだな……どうなってんだ……。
 とまあ、何故いきなり書いた本人が戸惑っているのかというと、これらの要素はちゃんと揃っていたはずの最初期のエビストのストーリーが正直とても微妙な出来だったからなんですよ。
 そして、何故初期はそんな風に面白いのか面白くないのか微妙なことになっていたのか考えてみると、結局それらの設定がエッセンス程度のところから抜け切れていなかったことに原因があったと思われるのです。
 世界観の広げ方というか、開示の仕方が下手だったと言いますか。
 設定も捻ってあり"面白そうな"世界観ではあっても、その時点ですぐに"面白い"というにはどうしても色々と足りていなかった。
 設定も捻ってあり"面白そうな"世界観ではあっても、その時点ですぐに"面白い"というにはどうしても色々と足りていなかった。
 既存のアイドルものの共通フォーマットに安易に乗っかっているだけではないことを見せかけたいが故のちょっとした独自性を出すための適当な追加要素程度にしか見えなかったと言いますか、物語において描きたい本質がそこだとはどうしても思えなかった。
 エビストのオリジナリティを発揮するための世界設定ではありますが、そこには妙に雑っぽい感じが存在していた印象がどうしても拭えないものとして初期には存在していました。
 なので、そういう変わり種的な要素とインパクトで最初は釣っておきつつも、実際本当にやりたいことというのは結局今までのアイドルものと大して変わらないのではないかという疑念もあったのです。
 アイドルものにおける種々の主要な要素を、それぞれ近しい概念のものに置き換えただけなのでは、とも言えるでしょうか。
 とにかくこの世界観に対してアイドル要素を結合させる意味がよくわからなかったし、キャラクターやユニットの設定周りなどは完全に成功した先達のアイドル作品からの影響を色濃く受けていて、故に結局のところ「自分達のところでもああいうのがやりたい」というのが最終的な理想なのではないかという邪推も出来るものでした。
 しかし、まあそれならそれでも別に構わないのです。
 今現在、新規で立ち上げをするアイドルコンテンツで既存作品とキャラ設定や要素が全く似通わないという事例の方が少ないくらいでもありますから。
 ですが、たとえ真の目的がそうであるにしても、そういう既存アイドルものとしての基本フォーマットに乗せる手腕もまた、正直言って微妙だったという厳しい事実もエビストには存在していました。
 むしろそういう典型的なアイドルものをやろうとしているのならば、今度は逆に作品のオリジナリティとして加えてしまったSF要素が足を引っ張っているという頭を抱えるしかない事態に陥っていたように思います。
 どちらを本当にやりたいにせよ、あるいはどちらもやりたいせいなのか、結局二兎を追うが故にどちらの要素も中途半端になってしまっているという、あまりにも典型的な機能不全を初期のシナリオは起こしていました。
 とまあ、最初の頃はそんな感じで酷かったわけでありますが、当時の苦難を思い出すと筆が乗りすぎてやたら長くなってしまったので、とりあえずダメだったところを要素だけ抜き出して箇条書きとして簡潔にまとめておきたいと思います。

 

・世界観の描写不足
 →世界の危機に対抗するという設定でありながら圧倒的な危機感の不足
 →何故その危機に対抗しなくてはならないのかの理由付けの不足
 →主人公達のアイドル活動と世界観の齟齬

 

・キャラクター個人の描写不足
 →個々人がアイドル活動、ひいてはアンドロイドへのレジスタンス活動に従事するにあたってのそれぞれの理由の不足
 →そこの不足により普通のアイドルものとしてのシナリオの厚みも中途半端に
 →オリジナルな理由付けが出来る、そのための設定のはずがオリジナリティのある理由を上手く描写出来ていない

 

 ざっくり書くとこういう感じになるかと思います。
 しかし、ここまでは駄目だった点ばかりを挙げてはきましたが、必ずしも欠点ばかりというわけでもありませんでした。
 技術と情報の蓄積が足りないばかりにメインストーリーが機能不全を起こしてはいましたが、実は素材自体は本当に悪くなかったのです。
 今後上手く扱えれば、面白いことは出来るかもしれないポテンシャルは確かに存在していました。
 そして、そんな素材がいい中でもやはり抜群なのはキャラクターでした。
 掘り下げはまだイマイチ足りていませんでしたが、それでも8人それぞれしっかり魅力的なキャラクターとしては最初から立つことは出来ていたのです。
 設定段階からメインとなる人数を絞ることで一人一人に深く向き合えるようにしてあったのも良かった点でしょう。

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                 キャラクターは本当に抜群だった


 何にせよ、やりたい方向性自体は恐らく間違っていなかったのです。
 ただ、やはりどうにも単純な手腕とストーリーの情報量とが足りていなかった。
 なので、過去このゲームをプレイし始めた時点では、自分は成長性に期待との評価を下しました。
 色々な部分をこれからきっちりと改善していけたならば、この作品はかなり面白いことになるのではないだろうかと。
 そして、果たしてそれは今現在ようやく達成されつつあるのです。
 エビストはそこから本当に地道に、真摯に、最大の弱点であったストーリーの改善に挑戦し、またそれを何度も繰り返してきました。
 本当に、信じられないくらいにゆっくりと、それでも自分達に出来るペースで、地道に、ひたすら小さな努力を重ねるようにしてストーリーを良くしようとしてきたのです。
 割合結果は伴わずともその行動だけでもすでに感動モノであったことを理解していただきたいくらいなのですが、やはりそれ以上に素晴らしいことはその改善が本当にストーリーを善いものへと改めることに繋がっていたことでしょう。
 以下からはその地道な改善の過程を色々と省略しつつも簡単に追いかけることで、如何にして現在のストーリーを支える基礎となったのかを説明していきたいと思います。

 

 

 

 

ストーリー改善のための努力が凄い

 さて、アプリのリリース当初、メインシナリオは五章までがあらかじめ用意されていました。
 今現在、その初期のシナリオは新しく再編されたバージョンになっているのですが、今の再編された一、二章が当初のメインシナリオの内容でもありました。
 つまり、やろうと思えば一、二章に圧縮して問題のない話を五章分に引き伸ばしたものが最初期のメインシナリオとして実装されていたわけです。
 冗談のようだが本気(マジ)の話です。
 全編に渡って味付けが妙にぼんやりしていることも相まって、精神が息苦しくなるような空回り具合がそこにはありました。
 アプリの開始自体は二年前、ソーシャルゲームにおけるストーリーというものがコンテンツの強さの一つとして認識されてくるにはまだ少しばかり早かった時期だったでしょう。
 とはいえ、元からIPとしての力があるわけでもなく、それこそ一からあらゆるものを積み上げていかなくてはいけない新興コンテンツです。
 それなのにここまで凡庸な物語しか用意出来ていなくて、果たして大丈夫なのだろうか?
 そんな我々の心配を他所に、初期実装分のそのメインシナリオはサービス開始からなんと半年以上全く更新されることのないまま放置されていました。
 それを見ながら、誰しもがあるのかどうかわからないこの妙ちきりんな物語の続き諸共にゲーム自体が道半ばにして絶版の憂き目にあう予感をひしひしと感じながら日々を過ごしていました。

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                  最初期はいつも怯えて過ごしていた思い出


 しかし、流石に運営にもここまでのコンテンツにおける弱点(というよりも最早病巣に近かった)を、手をこまねいたまま放置しておくのは不味いという実感があったようです。
 リリースから半年、最初にして早くも最大のシナリオ改善のための施策が打たれることとなりました。
 『シナリオライター変更』です。

 


 細かい改善はこれ以降も度々繰り返していくのではありますが、やはりそんな中でも最大級の威力を発揮したのがこのシナリオライター変更だったでしょう。
 というよりも、根本、土台の土から入れ替えるようなダイナミックさであることを思えば当たり前ではあります。
 そして、シナリオライター変更が決定した経緯もこれがまたやたらとドラマチックで面白いのです。
 少しだけ、かいつまんで説明させてください。
 まず2016年当時、エビストより三ヶ月遅れてリリースされた『アイドルコネクト(略称:アイコネ)』という、同じようなアイドル系音楽アプリゲームがありました。

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                      いいゲームだったんスよ…


 ほぼ同時期リリース、同じ新興二次元アイドルコンテンツ、そして同じ音楽アプリゲーム、と中々に互いをライバルとして認識するなという方が難しい両者の関係性でありました。
 しかしアイコネは様々な不幸が重なり、わずか三ヶ月でゲームの方が息を引き取ることとなってしまったのです。
 そんなアイドルコネクトなのですが、エビストとは打って変わってシナリオの良さに定評のあるゲームでありました。
 本業シナリオライターとして腕の良い方々がガッツリ制作の根幹から関わっていたからというのがその出来の良さの理由なのですが、残念ながらシナリオの良さが広く知られる前にコンテンツは一旦失速してしまうこととなってしまいました。
 そして当然、同期のライバルとしてバチバチに意識していたエビストプレイヤーの間でも、アイコネのシナリオが良いということは知れ渡っていました(というかぶっちゃけプレイヤーが大多数被ってもいました)。
 ならばその上も推して知るべしではあるでしょう……さて勘の良い人ならこの時点で大体何があったのか薄らと気づいたのではないでしょうか。
 そう、アイドルコネクトがサービスを終了してしまい、しばしの間宙ぶらりんになっていたそのシナリオ担当者の一人であった葉巡明治さんと、氏の立ち上げたシナリオ専業のライター集団であるAERを丸ごとそのまんま、エビスト運営はこちらのシナリオライターとして抱き込んだのです。
 それも、アイコネの訃報から大した日数も経たぬ内に、であります。
 まさしく通夜会場で未亡人を寝取るかの如き早業。狭い規模ではありましたが、両者のプレイヤー間の衝撃の大きさは相当なものであったことをご理解いただきたい。
 そういう、何と言ったらいいのか、『シナリオが弱いなら、強いとこから引っ張ってきて補強すればいい!』とでもいうような、しかもいくら失速したとはいえかつて真っ向から戦ったライバルの陣営からという、豪胆にも程がある対策を打ってくる辺り相当な大物か、もしくはスケールのデカい馬鹿なのでしょう、この運営は。
 とはいえ、葉巡氏もAERもシナリオライティングを生業としているプロではあります、実際仕事として依頼をすることには何の問題もありません。
 そんな経緯で、シナリオの評判が良かったゲームのシナリオライターが、そのまんまエビストのシナリオライターとして雇われて、以降のメインストーリーを書いていくこととなりました。
 そして、ここからエビストのストーリー改善が本格的に開始されることとなり、まるで特効薬を打ち込んだかのようにまさしく劇的に良くなっていくのです。

 


 シナリオライター変更。このセンセーショナルにも程がある改革から少し間を置いて、リリースから半年以上まったく触れられていなかったメインストーリーがようやく更新され、新規ストーリーが追加される運びとなりました。
 更新されたストーリーを読むに、ライター変更の効果は一目瞭然の凄さでした。
 それまでは妙にぼんやりとした味付けの、不味くもないが決して美味くもないという風であったストーリーが、しっかりとしたテーマと、メリハリと、分かり易い面白さを持って展開されるようになったのです。
 特に、ライター変更後の傑作とプレイヤー間では名高い杏梨編を筆頭に、先に上に書いてきたような欠点の一つをしっかりと克服してきたことが大きかったでしょう。

 

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            全プレイヤーが泣いた傑作回、杏梨編


 それとはすなわち「キャラクターの一人一人に焦点を当てて、しっかりとした掘り下げを行ってきたこと」となります。
 そして、焦点を当てられたキャラクターの問題を解決するための他のキャラクターの動かし方も上手かった。
 これによりキャラクター間の関係性が明瞭になると同時に、章の主役となるキャラクター以外の掘り下げも平行して行われ、キャラクター先行のドラマとしてはグッと深みが増すこととなりました。
 しかし、それでもようやく普通のアイドルものとしてのスタートラインに立てたというところであることもまた否めませんでした。
 魅力的なキャラクター達が動いて、それぞれが支え合い励まし合い、時にはぶつかり合いながらもアイドルユニットをやっていく。
 そういう話としてはようやくまともになってきましたが、そんなごくプレーンな造りのものとの差異を付けるために投入したであろうSF要素や世界観をまだ十全に活かせているものではありませんでした。
 しかし、まあ一プレイヤーとしてはそれでも別に構わないという思いもその時点ではありました。
 これまでを思えば普通のアイドルものとしての平均点まで到達出来ただけでも感動ものの躍進であったし、ノリと勢いで入れてしまったようなSF要素がしっかりとした持ち味として活きてくる贅沢までは期待が回らなかったというのがあります。
 まあそんな個人的な思いはさておき、とにもかくにもライター変更後の三章分のシナリオ更新でようやくエビストは普通のアイドルものに求められる基準点までは辿り着くことが出来たのです。
 それが第二の改善による結果でした。

 


 さて、そんな風に目に見えて良くなったメインストーリーなのですが、何とそこから次の更新が始まるまでには一年近く間が空くこととなります。
 とはいえ、その間ストーリーに動きが全くなかったというわけでもありません。
 本編の補完、というよりもむしろ本編のストーリーそのものを、エビストはゲーム内ではなく別の形として提供するという実験的な施策に乗り出したのがこの期間だったのです。
 その一つがまずコミカライズ版の連載開始でした。

medibang.com


 しっかりした実力を持った作画担当にゲームの内容を漫画に合わせた形で再編したストーリーを改めて絵にして描いてもらうことで、既存プレイヤー達にとっては世界観に対する理解度が一気に拡がる結果となりました。
 またゲームよりもわかりやすく、かつ簡単にストーリーに入っていける間口が新たに開設されたことで、まだ知らない人にも格段にコンテンツをオススメし易くなったこともかなり大きな成果だったでしょう。

 


 そして、それ以外の形で大きかったものは、やはりリーディングイベントの開催とドラマCDの発売、この二つになるでしょう。
 まずは両者の良かったところを挙げていきましょう。
 とにかく、この二つのために用意されたストーリーはどちらも素晴らしいものでした。
 評判の良かったライター変更後のメインストーリーですが、そこから更に内容が練り上げられ、洗練されていたと思います。
 そして、そんな風に内容が良かったのは勿論ですが、それよりも特に、この二つのストーリーによってそれまでフニャフニャだった世界観が固く締め上げられ、かつガッチリと補強されるような、そんな役割を果たしたことが何より大きな評価点だったと言えるでしょう。
 それでは、その二つの内容もこの後のストーリーの面白さの解説に係ってくるので、順番に軽く触れておくことにしましょう。

 

 

 まずリーディングイベントのストーリーは、それまで完全な描写不足による謎に満ちていたエビスト世界がようやく開かれたものとして全員に提供され始めたような内容でした。
 人間側のアイドル達が何をしているのか、この世界に訪れつつある危機とは一体何なのか。こちら側に味方するアンドロイドであるメイと、それをサポートする理事長の思惑等……。
 もしかすると普通のアイドルものという枠だけでは収まらないのではないかという予感をさせる壮大なスケールの話の一端がここでは語られていました。

 

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        グッズとして売られていた台本の複製だけが貴重な記録


 このイベントを観に行った熱心なゲームプレイヤー(ファン)達は、初めてと言っていいほどにシリアスに語られた向こうの世界の実情の一部に触れて、大きな衝撃に包まれたことでしょう(自分も全く例外ではなかった)。
 期待はあまりされていませんでしたが、やはり多少は待ち望まれていたエビスト独特の世界観を拡げるということ、そしてそれを更に補強するという重大な役割を、ここまでしっかりと果たしたストーリーがここで出てくるとは誰も夢にも思っていませんでした。
 が、しかし、そんなパーフェクトなストーリーにも最大かつ致命的な欠点があるとすれば、これが一日二公演限りのイベント内でしか観ることの出来ない物語であったことでしょう。
 これからのエビストの物語に多少なり期待を持たせ、興味を起こさせる可能性を持ったものが、まさか一番新規プレイヤー候補達に触れることの出来ない形で公開されてそれっきりとは今でも信じられないし、信じたくありません……。
 とにかく、リーディングイベントはこれまで以上にクオリティのアップした内容を持ち、かつ世界観の詳細な描写が行われた作品上重要なストーリーであったことは間違いないでしょう。それを読み返す機会というのも、いずれ何らかの形で補完されることを祈りたく思います。

 


 さて、一方ドラマCDの方のストーリーはというと、これまで展開されていた時系列の更に前、つまりは8 beat Story♪のビギンズストーリー的な内容となっており、こちらは世界観よりもどちらかというとキャラクターとユニット周りの設定を更に深く掘り下げるのに大きな功績を果たしたものでした。

 

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                     これが私達のビギンズナイト…!

 

 各々が一体何を目的としてユニットを組み、ライブバトルに臨んでいるのかが本編ではいまいち、というか設定によっては全くわからなかったところが、この前日譚によってようやく詳細に明かされ、キャラクターの設定に新たな彩りを与えることとなりました。
 そしてそれのみならず、しっかりと物語の謎にも一歩迫った、ストーリー上重要な役割を担った話となっているのです。勿論内容も十分に面白い。
 入門編としても、またはゲームやコミカライズなりで先に触れていたものよりも更に深くメンバーのことや物語を知るという用途でも、是非とも聞いておくべき一枚でしょう。
 唯一欠点があるとすればこのドラマCD、CD現物でしか存在しないのに一般ルートでは流通しておらず、簡単にオタクショップの店頭などで手に取ることが出来ないということくらいですが、これも中々致命的でしょう。信じたくない。

 


 とはいえ、とりあえずはそんな風に、これまでエビストはメインストーリーが面白くなるように、そしてプレイヤーにも楽しんでもらえるようにと手を変え品を変え様々な試みを行ってきました。
 努力の甲斐は確実にあったと思います。
 これらの改善と更新が行われた後では、もはや初期の微妙さは見る影もないほどに真っ当かつどこに恥じ入ることもない立派なアイドルストーリーには到達しておりました。
 それどころか、その多少の問題があった初期ストーリーは最近になって再編され、短く、そしてわかりやすくまとめられた形にまで生まれ変わりました。
 既にあったものをよりよくするために躊躇なく作り替える辺りからも、今よりも更にストーリーに力を入れていこうとする今後の姿勢が窺えました。
 そして、そんな初期ストーリーの再編を経てから、満を持してゲーム内メインストーリーの更新が再開されたのです。
 リーディングイベントとドラマCD、この二つによって描かれた流れを受け取って、これまでよりも更にグッと良くなった六章、七章とが展開されて、もはや物語の基礎は十分に固められたように思われました。
 アイドルものとしての強度の高さは勿論のこと、扱いきれていなかったSF設定もようやく作品独自の味として馴染み始め、あと何か一つキーがハマれば一気にこれまで組み上げてきた全てが噛み合って上手く動き出せそうな予感がする。
 そんなところまで、何とも静かにではありますがエビストは登り詰めていました。
 そして、そのキーこそはまさしくこの次にその素晴らしさを声高に語らせていただきたく思うメインストーリー八章と九章であり、このストーリーが公開されたことによってようやくというか、いやむしろ何とも予想外なことにと言いますか、この8 beat Story♪こそが、アイドルものとしての新たな地平へ一歩、足を踏み入れることとなるのです。

 

 

 


「空乃かなで編」が本当に凄い

 さてここでようやく今回自分が手放しで絶賛したくなり、皆様に紹介したいと思い立ち、この文章を書き始めた理由でもある8 beat Story♪のメインストーリー第八章と九章の解説へとようやく到達することが出来ました。
 とりあえず、まずはこの後の解説をスムーズに行うためにも簡潔にこの章のあらすじを書いていき、どういう話なのかをある程度知っておいていただくことにしましょう。

 

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              その名はType-Z


 とにかくメチャクチャに省略して主要部分だけを抜き出すと、

「主人公達はこの時代で開発された、初めての実体と、極めて人間に近い精神を持ったアンドロイド『Type-Z』と対決し、これを打ち倒すこととなる」

 というお話になります。
 こう書くとまるでどうってことのない話のようにも見えますが、実情は全く違うのです。
 何故ならこの章でようやくこれまで丹念に植えては育ててきた独自の世界設定が本格的に機能し始めて、エビストは完全に普通のアイドルものから逸脱してしまうことになるのです。
 これはそういう画期的な――いや、というよりはむしろ既にその手があることはわかっていながらも誰も手を出さなかった領域に先んじて一歩踏み出したような、そういうストーリーとなっているのです。
 一体それはどういうことなのか、順を追って説明していきましょう。

 

 まず前提の設定ではありますが、これまでのエビストにおいて主人公達の敵であるアンドロイド達は全部実体がない、仮想空間上だけに存在するAIでした。

 

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         さらりと流されがちな設定   

 

 そして主人公達のユニット――『8/pLanet!!(ハニープラネット)』ことハニプラは、時にアンドロイドに負けることはありつつも、順当に力を付けてデータ上の存在であるアンドロイド達を打ち倒し、仮想空間内におけるアイドルランキングトーナメントことライブバトルを勝ち進んでいました。
 そんな中で、これを危険視した全アンドロイド達の最上位に存在する統御AI『MOTHER』は、初の機械式人口ボディを持った実体アンドロイド、Type-Zをハニプラへ差し向けようとします。
 しかし、実体と同時に人間同様の精神も与えられていたType-Zこと『空乃かなで』はMOTHERの元を脱走し、ハニプラのメンバーの一人である『源氏ほたる』と交流を持ち、己の身分を隠して匿ってもらうこととなります。

 

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 まるっきり人間と同じ心を持ったかなでと心を通わせるほたるとメンバー達。
 しかし、Type-Zにはライブバトルが開始される予定時刻が迫ると強制的にバトルへ参加することになるプログラムが仕込まれていました。
 心を通わせ、互いに絆を深めつつも避けられない戦いへとハニプラ、かなで両者共に身を投じることとなる――。

 

 とまあ、これがより詳細に書いた本編の簡潔な内容となります。
 心を通わせ、友となった敵との戦い。
 ここで初めて、エビストにおける明確な"形"を持った"敵"との戦いが描かれることとなりました。
 それまでは実体のないデータと戦うだけの、正直緊張感もへったくれも感じづらいものであったのが、ここで一気に実際の戦いとして形にされることとなった。
 まずこれが意義として非常に大きかったのです。
 これまでのメインストーリーにおける障害、越えるべき物語上のハードルは戦いの中ではなく、どちらかというとチームの足並みが揃わなかったり、個人的な内面の問題というものに終始していました。
 そしてそれは結局のところ他のアイドルものと何一つ変わらない、同じような話でしかありませんでした。
 問題の解決の結果がライブバトルにおける勝利なのか、はたまたオーディションでの合格なのか、大会における試合を勝ち抜くことなのか、課せられた仕事としてのライブを成功させることなのか。
 形の違いはあれど、本質はどれも変わりないものでしょう。
 しかし、今回は明確に打ち倒すべき"敵"が、ストーリーにおける障害として現れました。
 この敵を倒すことでしか前に進めない。それもアイドルとしての対決で。
 ですが、それも結局はアイドルものにおけるライバルとの対決という概念のガワだけを変えたものとも言えるかもしれません。
 ただし、それには"そのままでは"という前置きが必要でもありました。
 そう、エビストはここでそれを単なるアイドルものにおけるライバルとの対決概念で終わらせないために、画期的とは言えないまでも、これまでどこのどのアイドルものでも手をつけなかった方向へ後戻りの出来ない一歩を踏み出しました。
 それを説明するためにも、さっきのストーリーの簡潔な紹介にもう一文付け加えさせていただきたく思います。

 

「しかし今回のType-Z初号機はあくまでデータ収集用のプロトタイプ端末であり、差し向けた先の敵であるハニプラとの対決に敗れた時点で収集したデータの回収と共に破棄されることとなっていました。
 つまり、ライブバトルでハニプラが勝利するとType-Zの人格データは抹消される――則ち死ぬことと同義であったのです。」

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 御理解いただけたでしょうか?
 つまり、エビストはアイドル同士のライブパフォーマンスによる対決に、まさしくそれが命のやり取り――殺し合いになるという概念を持ち込んでしまったのです。
 これこそが、誰もがやろうと思えばすぐにやることも出来て、しかし誰もその一歩を踏み出すことがまだ出来ていなかった、そんな道へエビストがまず一歩を先んじ、そして普通のアイドルものからまさしく逸脱してしまったという話の実態なのです。
 けれどもまあ、もしも単にそれだけであったならば、結局は悪趣味なだけのイロモノでしかないでしょう。
 過激な要素を入れるだけでいいのならば、もっと早くにそうしていたはずです。
 個人的にも、別にそういう単にアイドル同士が殺し合うだけのようなものが見たいわけではありません。
 ならば何故、今回のこの話で自分の心がこんなにも衝撃を受けたのかというと、その相手の命を奪うことになる戦いへと赴くことになるまでの過程と、殺し合うことになる両者の心の機微の描かれ方が非常に……なんとも非常に丁寧かつきめ細やかなものであったからなのです。
 今回の章の主役たる『源氏ほたる』は、Type-Z――『空乃かなで』とストーリー二章分に渡り美しくも優しい心の交流を重ねてきました。それは他のメンバーも同様です。
 そして敵であるかなでにしても、何もハニプラに対して明確な敵意を抱いているわけではない、普通の少女と同じ心を持ち、穏やかな性格をしたアンドロイドでした。
 そんな二人が出会い、一緒に暮らし、交流を重ねて、最終的にほたるとかなでは無二の親友とも言える関係性にまで到達していました。
 そのかなでを、ほたるは自らの手で終わらせることになったのです。
 自分達が勝ったら彼女が消えてしまうということを知らなかったわけではありません。
 そのことをほたるは知っていて、むしろそれが原因で一度はかなでに敗北することとなったくらいです。
 それでも、最後に彼女は――彼女達は、勝つことを選びました。
 覚悟と共に、自分達の勝利のため、目的のため、使命のために、親友たる相手の息の根を止めたのです。

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 そんな風に、全てを引き裂くような悲劇の道へエビストが足を踏み入れた瞬間はどうでしょうか。
 それを見て自分は全く、初めてこの作品のストーリーに全身を雷に打たれたような衝撃を覚えてしまったのです。

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     最高だった……


 まあそこら辺の個人的な感情はどうでもいいことですが。
 重要なのは、エビストがこれまで築き上げてきた優しい世界観や雰囲気を大きく壊すことなく、それでいて確実に、真綿で締め上げるかのような細やかさで、シリアスとシビアをもこれからストーリーの味付けに混ぜていくということをこの章で見事に示してみせたことなのです。
 単なる悪趣味でもなく、カンフル剤のような衝撃的展開の入れ方でもない、あくまで普通のアイドルものの基礎を残したまま、そこから一歩だけを逸脱してみせたこと。
 これが何よりも素晴らしく、大事なことなのです。
 実際アイドルをしながらも同時に敵とガチンコで戦うという作品は、エビストだけでなく既にいくつも存在はしているものです。
 古くはマクロス、新しくはシンフォギア、同じくソシャゲなら東京ドールズなども近しい作品になるでしょう。
 しかし、それらとエビストとの明確な違いというものもしっかり存在しています。
 そして、その違いが何かというと、それは"フィクションとしてのレベル"とでも言えるものではないでしょうか。
 それら先達が普通のアイドルもの――則ち現実に近しい世界観よりもフィクションのレベルを大きく上げることでより空想的な別世界を構築しているのに対して、エビストは普通のアイドルものとしての世界からのフィクションレベルは少しだけしか上げていないのです。
 より分かり易く言うならば、直接の肉弾戦ではなくあくまでライブパフォーマンスの対決結果として敵との命のやり取りが発生するようになっていることこそが最大の違い、となるでしょうか。
 普通のアイドルものから少しだけフィクションのレベルを上げたとは、要はそういうことなのです。
 そして、そういう戦闘系アイドルものだけでなく、より立ち位置は近しい普通のアイドルものとの差異をも語る上でも重要なポイントがあります。
 それは、ライブバトルが命のやり取りを生ずるようになったと言っても、主人公――ハニプラ達が負けたとしてもこちら側は別に死ぬわけではないというところにあります。
 つまり主人公達は完全なる殺し合い、デスゲームに放り込まれているわけではないし、それによって極限的な精神状態に追い込まれたりするわけでもありません。
 ただ、勝利することで相手の存在を消してしまうことに対する葛藤と向き合うだけなのです。
 となると、その場合一体何を精神的な支柱、目的として相手を叩き潰す決意をすることになるのか。
 そこでようやくこの作品が最初からテーマとして掲げてきた大義、『人間の音楽を守るため』というものが十全たる機能を発揮することとなったのです。
 そう、もし彼女達がそれぞれ個人的な事情を抱えて、あるいは個人的な目的を達成したい、それらのためだけにアイドル活動をしている普通のアイドルであったならば、親友とも呼べる存在を手にかけてでも勝利を得たいとは思わないでしょう。
 しかし、彼女達にはそんな個人的な動機よりも優先されうる、達成すべき使命が最初から存在していました。
 それこそが『音楽の未来を守る』ということなのです。
 これは持論ですが、今までのアイドルものでは物語の結論が最終的に『自分がどうしたいか』ということへ収束していく傾向があったように思います。
 最初は義務や責務から生じた、あるいは途中でそうなりかけたアイドルとしての活動が、様々な挫折や成長を経て最後には個人的な意志でこの活動をしたい、続けたいという答えを得る。
 そういう形こそが、アイドルものとして間違いのない、普遍の様式美であるように思われました。
 そのために、普通はユニットメンバーも大なり小なり自発的な意志と目的を持って、それぞれが寄り集まったような形になっていることが多かったりします。
 そして、自分自身がどうしたいかという問いかけの果てには、個人で抱える以上の大いなる目標などは別段達成されなくとも良いという答えに至る場合もあります。
 初期のエビストでも、ある程度はこういう形の物語を歩むことになるのだろうという推測が出来たりはしました。
 しかし、エビストはここまでゆっくりと積み上げてきた設定と展開によって、まさしくこの形式を正反対に引っ繰り返してしまったのです。
 まずそのための大きな違いとしては、彼女達はそれぞれが個人的な事情や目的を持って、その解決や達成のために自主的に寄り集まって出来たユニットではないというのがあります。
 勿論それぞれが個人的に抱えている問題はありますが、それ以上に大きな目的を達成するために才覚を見出され、選んで集められたユニット――言うなれば選ばれし者達となっています。
 そして、それ故に彼女達は自分達の戦いを勝手に投げ出すことが出来ないのです。
 『自分がどうしたいか』で動く以上に、『自分が何をするべきか』で彼女達は動かなければいけない。
 これこそが形式の逆転と表した理由であります。
 そして、これが単に奇を衒っただけの逆転とはなっていないのが、奇跡なのか何なのか、エビストの設定の妙が神懸かった仕事をしている部分なのです。
 これが例えば学校を廃校から救うとか、経営の傾いた事務所を建て直すとか、そういうレベルの目的であるのならば、そのために個人の情を捨てて滅私奉公するという選択をさせるだけでは単なる現行主流への安っぽいアンチテーゼでしかありません。
 しかし、ハニプラの目的は『音楽の未来を守ること』なのです。
 『人間の音楽を取り戻す』なのです。
 彼女達の双肩に人類の音楽史の未来が懸かっているわけなのです。
 これは流石に、それよりも自分が大事だとして簡単に投げ出すわけにはいかないでしょう。
 まさしく「お前が戦わないのは勝手だ、だがそうなった場合音楽の未来はどうなると思う?」という感じです。 

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                     流石に万丈も助けてくれません


 だからこそ、心を通わせ、共に歌い合った親友であっても、斬らねばならなかった。
 そして、斬るより他に道はなく、己の心をも引き裂きながら斬り伏せた。
 彼女達はまさしくアイドル活動を続けるのに辺り「何も殺さず生きられない」のです。
 そして、そのためにビギンズストーリーであるドラマCDでは彼女達が選んで集められた精鋭であることを描き、リーディングイベントとこれまでのメインストーリーでは綿密に彼女達だけが最後の人類側のレジスタンスであることを印象付けてきたのでしょう。
 誰もが盛りすぎだとか、冗談のように思っていた、あまりにも壮大過ぎて最初の頃は扱いきれてすらいなかった設定が、ここまで時間をかけて、丁寧に丁寧に話を積み重ねてきたことで、ようやく大きな意味のあるものとして結実した。
 そんな集大成であり、かつ新たな始まりが、この八章と九章なのです。
 そして、それ故に彼女達はもはや個人的な感情と目的達成の充足だけを終着点とすることは出来なくなってしまいました。
 どれだけ涙を流しても、自分の意志や願望に反する道を行くことになろうとも、辿り着くべきゴールは自分達に託された使命の達成だけなのです。
 止まることは許されません。
 そのために、彼女達はすでに友すら斬ってしまったのだから。
 このように、通常の様式ならば物語のゴールとして許されたところ、あるいはすべきだったところを、エビストではそう出来なくなってしまいました。
 そういう道を選んでしまったのです。
 それをしての、"普通からの逸脱"という話でもあったのでした。


 さて、それではここで一旦長くなってしまった話を簡単にまとめておきましょう。
 まずエビストの八、九章の何が良かったのか。そして何がこれまでの普通のアイドルものと違い、新しかったのか。
 簡単に箇条書きにしてみます。

 

・アイドル同士のパフォーマンスによる対決を、文字通りの命を賭けた真剣勝負にしてしまったこと
・それが単なる残虐趣味的な描写ではなく、あくまでこれまで描いてきた物語を大きく崩すことなく到達した結果だったこと
・それにより、普通のアイドルものの基礎は残しつつも、それとは明確に一線を画するシリアス路線の可能性を見せられたこと
・また、これまで単なる既存要素の置き換えとしか思われていなかった設定群が、この新たな物語展開に突入することで単なる置き換えではないちゃんとした意味と役割を持ったものとして活かされ始めたこと
・ここから、恐らくこれまでのアイドルものの様式美的結論とは全く別の着地点を目指さなければいけなくなったこと

 

 と、以上のようにまとめられるのではないでしょうか。
 そして、これらのことから得られる何に自分が一番感銘を受けたのかというと、それはやはり「煮詰まって全体的なマンネリ化に陥りかけていた二次元アイドル作品のストーリーに、新しい風が吹き込むかもしれないという希望」を抱けたことにあるでしょう。
 更にそれと同じくらいには、そういうことをまさか従来通りの普通の路線でやっていくものだとばかり思い込んでいたエビストがやってのけたという衝撃も大きかった。
 かつ、その上で欠かせないのが、目新しさを打ち出すことや衝撃を与えることだけに終始せず、しっかりとした時間と手間をかけて細やかな基礎を練り上げた上でこの展開に突入することが出来たという部分でもあります。
 これら全てが合わさることによって、まさしく理想的な既成概念からの逸脱がここに顕現することとなりました。
 そして、それに対して興奮と面白さとを覚え、これからへの希望と期待を抱くには十分過ぎるものが今回のこのストーリーには存在していたのです。

 

 

 

最後の二次元アイドルは本当に凄いのか?

 とまあ、上では大分盛りに盛った評価を与えてきてしまいましたが、その一方で実はこの先も本当にエビストがアイドルものとしての新しい道を切り開いていけるかどうかは未だ不透明なのではないかという思いも自分の中には存在していたりします。
 今回の「空乃かなで編」でその新しさへのスタートラインに立ち、一歩踏み出して見せたことは確かですが、そういう歩みを今後も続けていけるのかは正直なところ全く予想もつかないというのが本音です。
 ゲーム本編内では現在、『2_wEi(ツヴァイ)』という新たなType-Zが襲来するストーリーが展開され始めています。

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                       2_wEi(ツヴァイ)

 かなでと違い、今度はびっくりするほど明確に"敵"という感じです。
 そんな"人類の敵"と渡り合っていかなければならないアイドルものというのが一体どんな着地点へと向かっていくのか。
 その先に待つものが、普通のアイドルのままであったら当然得られたはずの美しさと輝きに満ちた優しい世界、それと果たして同等のものなのか。
 あるいはもはやそれは捨て去ってしまい、取り戻せないものなのか。
 自分にはもう見通すことは出来ません。
 普通のアイドルものだったら大体こうなるという予測を立てられるレールから、もはや完全に彼女達は外れきってしまっているのです。
 もしくは、そこからまた強引に、何事もなかったように普通のアイドルものとしての伝統的フォーマットへと戻ってくるということもあり得るかもしれません。
 『人類の音楽史を救う』という使命よりも、個人的なアイドル活動への動機を優先させていく道を選ぶ。そういう従来然とした作品へと戻ってくることも、もしかしたらまだ可能なのかもしれません。
 そういう形の8 beat Story♪というのも個人的には正直悪くはない、後述するような二次元アイドル界に根付いた基本スタイルから得られる優位性というのも戻ってくることでしょう。
 最初の頃の微妙なストーリーを思えば、それでも十分な形だとも考えられます。
 しかし、たとえそうするとしても、設定段階からのどうしても避け得ぬ道として、ユニットメンバーの一人が正体を隠した彼女らの敵たるアンドロイドの一人であるという事実が存在しています。
 他のメンバーの誰しもが自分のために動く道を選べたとしても、彼女だけは存在理由からして『未来を変える』ことが目的なので、普通のアイドルとして生きることは出来ないのです。
 そんな風に、たとえ個人的動機に従う道を選んだとしても、全てのメンバーのそれが達成されるにはやはり彼女達は戦いを続けなければいけない。その前にはだかる敵は打ち倒さなければならない。
 平和に歩いて行くことは先へ進むほどに許されなくなる、まさしく彼女達は本当に何も殺さず生きられない、戦う運命にあるアイドルなのです。

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                 哀傷は永遠に抱いて道連れ…


 このように、そんな時限爆弾的に埋め込まれた要素がそれぞれ発動しだした瞬間、もはや彼女達は普通のアイドル活動の道には戻れなくなっていく構造となるよう、恐ろしくもこの作品は造られていたのです。
 この先どうなるのかは先に言ったようにまだまだわかりませんが、少なくともこうして考察を重ねてみると、この物語は先へ進んでしまうと二度と後戻りは出来ない造りとなっているように思われます。
 この作品は、そしてアイドルとしての彼女達はやはり、これまでとは違う新しい道をたとえ望まぬとしても切り開いていかなければならないのでしょう。

 

 しかし、そうして普通のアイドルものから逸脱し、新しい方向性へと踏み出したことが必ずしも良いことに繋がるとは限らない面もあります。
 そう危惧される原因は、現実の方の8/pLanet!!の活動にあるのです。
 今までのアイドルものが大きく現実的なレベルから世界観をはみ出させなかったのは、その方が作品世界を飛び出した現実でイベントやライブを行うに辺り作中の雰囲気を再現するのが容易であるという利点があったからでしょう。
 また、キャストとキャラクターが強く結びつくタイプの作品ならば、両者の世界観に大きな差がない方が空想と現実を重ね合わせて見る時に齟齬が生まれにくいし、互いが互いを押し上げる相乗効果も期待出来ました。
 エビストもこれまではそういった風に、ゲームの中のハニプラを現実でもキャストが再現してイベントやライブを行うことで、ゲームの中のアイドルに現実でも会えるというコンセプトの活動を行ってきていました。
 しかし、今回ゲームの方のシナリオがこれまでの従来的なアイドル路線から離れ始めたことで、その重ね合わせは大分難しくなってきたように感じられます。
 それまで期待されていた、キャラクター達が作品の中で普通にアイドルとしての成功を夢見ることで、現実でのキャスト達の目指すアイドルとしての、コンテンツとしての成功が向こうのそれと重なり、キャラクターとキャストの二人三脚感が高まるという手法は恐らく取れなくなってしまうことと思われます。
 何故なら作品の中の8/pLanet!!が夢見ることは普通のアイドルとしての成功ではなくアンドロイドとの戦いに勝利し人間の音楽を守ることであるし、現実の8/pLanet!!も別に自分達のライブを通して人類を脅かす敵と戦っているわけではないからです。
 いずれにせよ、そういう従来的な形式から得られる強さであった二次元と三次元のリンクを、ストーリー的に新しい道へ踏み出すことで一旦断ち切ってしまうことになるのは避けられないことでしょう。
 この先現実における8/pLanet!!のライブがコンテンツにおいてどのような意味を持ち、ゲーム本編、あるいはキャラクターの方の8/pLanet!!達にどのような相乗効果や影響を与えられるのかは今のところ全く予想もつかない、こちらも同時に未知の領域へと足を踏み入れてしまったように思えます。

 

 そして、この作品がもしかしたら最後の二次元アイドルになるかもしれないと思った理由も、その逸脱の中にこそあったりします。
 もしもの話ですが、このパフォーマンスバトルに命のやり取りを持ち込んだ形式が大成功してしまったならば、今後似たような、あるいはそれ以上の過激路線に走る後続が出てくるかもしれない。
 そうなってしまった時には、彼女達は新しさを作り上げたと同時に、旧来然とした二次元アイドルの形態にトドメを刺してしまう存在となるでしょう。
 まさしく今の二次元アイドルの最後を飾るのが8 beat Story♪となってしまうのか。それともやはりこの新しさは受け入れられないまま徒花として散り、これまでの世界が生き残るのか。
 そんな瀬戸際にまで、今回この作品は踏み込んでしまった、いや今後踏み込んでいくのではないか。
 個人的にはそんなことすら考えられてしまう程に、この逸脱は衝撃的だったと思うのです。

 

 しかし、それでも結局自分から確信を持って言えて、また言いたいことは、それらの新しく、未知の領域へと踏み出したことから来る先の読めなさや不安、それをどう克服していくのか、どういう形へ変化していくのかと気を揉む思いですら、全て丸ごと今は『とても楽しい』と感じられる状況だということなのです。
 楽しい。
 そう、エビストは間違いなく今最高に楽しく、面白いことになっています。
 メインストーリーにおいては、約二年間ものんびりと蒔いては気長に育ててきた種がようやく芽吹き始めて、豊潤な実りの季節を迎えつつあります。
 そこから見える新しい二次元アイドルの物語のカタチ。
 そしてそんな物語における二次元と三次元の新たなリンクを構築出来るのかどうか。
 全てのことが未知数で、先の読めない面白さに溢れている。
 そんなことを、これまで長々と自分は解説してきたわけなのです。
 だからこそ、これを読んできたことで少しでも興味を惹かれたならば、是非ともゲームをプレイしてこの物語の中に飛び込んできて欲しい。
 本当に面白い。特に八、九章の空乃かなで編はガチで心を打たれるし、上に書いてきたように新しいアイドルものとしての可能性をそこに見出すことの出来る未知のシナリオとなっています。
 そしてそれだけではなく、再編された一、二章はこれまでよりも格段にわかりやすくこの世界へ入ってこれるようになっている親切設計だし、初期の傑作である杏梨編なども手放しでオススメ出来る内容です。
 余裕が出てきたらビギンズストーリーであるところのドラマCDなどに手をつけてみるのもいいでしょう。
 もちろんコミカライズ版からの入門もわかりやすく、美しい作画も合わさって非常に面白いのでオススメルートの一つです。
 とにかくもう、今ようやくすっげえ面白いんです、8 beat Story♪の物語は。
 だからこそ、その続きを途絶えさせずにその行く末を見守るためにも、この作品が切り開いていくかも知れない新しい景色を見届けるためにも、より多くの人にこの作品を応援してもらいたい。
 そして、今ならきっとそれは同情や憐れみではなく、純粋なる作品としての面白さや魅力で惹きつけられるものだと思えるのです。
 だから、どうでしょうか、今こそ8 beat Story♪の物語を読み始めましょう。

8 beat Story♪【公式サイト】 – スマホ音楽ゲーム「8 beat Story♪」の公式サイトです。音の杜学園の教師となって、女の子たちと音楽バトルを勝ち抜こう!


 そして一緒に語ろう。
 いや本当にこのストーリーの面白さについて語り合おう。
 そして二次創作しよう?
 いやマジで、プレイ人口少ないんだよこんな面白いのに。
 熱く一晩中くらい語り合いんだよ!
 ライブにも行こうよ! 来月なんだけどまだまだチケット買えるからさぁ!

eplus.jp


 この人類の音楽史のために戦い続けなければいけなくなったアイドルのライブが現実では一体どんな形になるのかとかメチャクチャ気になるじゃん!?
 一緒にそれを見届けようよ! 待ってるから! 待ってるからさ!
 とにかくまずもうゲームから始めような! 推しメン決めたら教え合おうよ!

 


 とまあ、こんな風に早口で捲し立てたくなってしまうほどに今の8 beat Story♪は純粋に面白いんです。
 結局今回一番言いたいことはそれですし、だからこそやっぱり、語り合いたい。
 そんな日をすぐにでも迎えることが出来るように、こうして殆ど二年が経った今でも繰り返し伝え続けさせていただきたい。
 8 beat Story♪はやっぱり凄い、と。